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【浮気・不倫】旅館の若女将に子種を求められて応えた 【体験談】

「あぁ…お客さん、早くオチンポ入れてぇ#12316;子種を、子種を出してぇ#12316;」女将は自ら太ももをM字にかかえ、両手の指で

剛毛とビラビラをめくりあげた。

真っ赤に充血した膣口がパックリと開いた。



(これからの話は二年前の実話である。)

学生時代から神社仏閣巡りが好きな俺はゴールデンウィークを外して休みを取り、京都に旅に出た。



お寺なんか嫌だ、USJに行きたいと言う彼女と軽い喧嘩をして一人で来た。

泊まるのもホテルではなく古びた旅館を選ぶ。



泊まった宿は小さくて不便な場所にあるが四代続いた老舗らしい。

部屋に入ると若女将という女性が今は珍しい宿帳を持ってきた。



細面の美人だが和服の下に隠れた肉付きの良さそうな体にドギマギした。

三十代前半か?(こんないい女とやれる男がいるんだなあ…)と思った。


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2015年4月25日 | エロ体験談カテゴリー:浮気・不倫の体験談

【人妻】借金のカタに(その3)【体験談】

 金山の講習が終わった後、ナミエという女性を紹介されました。去年からここで働いている女性で、プロとしてやっていくためのスキルをいろいろと妻に教えてくれるとのこと。近くのラブホテルに場所を移して、金持ち相手のプロとしてやっていくための講習をするというのです。30歳くらいの和服の似合いそうな気品のある美しい女性でしたので、その講習に妻と同伴することは気が引けて、近くの喫茶店で私は一人時間を潰すことにしました。

「あら、遠慮なさらなくてもよろしいのに・・」

ナミエさんは悪戯っぽく笑いながら言いましたが、やはり初対面の女性ですし、じゃまになってはいけないと思い遠慮しました。2時間ほど喫茶店で時間を潰していると、妻が明るい顔で戻ってきました。聞くと客との連絡の取り方や、マナーとともに、裸になって床の中での様々なテクを実演しながら教わったとのこと。ローションやバイブを使ったプレイの仕方も教わったそうで、思わず生唾の出る話に、妻についてホテルに行かなかったことを、私はひどく後悔したのでした。その夜は初めて女を抱く高校生のように、震えながら夢中で妻を抱きました。明日はナミエさんについて、青山のブティックに服を揃えに言った後、髪をカットに行くとのことでした。金山からその費用も預かっているとのことですが、いずれ妻の報酬から返さねばならぬとの約束でした。借金の返済のために始めた仕事のために、更に借金が増えるのには抵抗がありますが、致し方のないことでした。翌日外出から大きな紙袋を持って帰ると、妻の髪はショートカットのヘアスタイルになっていました。ナミエさんのアドバイスでそうしたようですが、とてもキュートでいい感じです。ちょっと吉瀬美智子に似ています。青山のブティックで買ってきた服を着ると、どこから見てもセレブでキュートなレディーになりました。昔はミスキャンパスに選ばれたくらいですから素材は良いのですが、最近は生活苦ですっかり華も色気も無くなっていましたので、別人に見える程の変身でした。妻は意外とファッションには執着しないほうなので、この仕事とナミエさんのアドバイスのおかげで妻が美しくなるのは、幾分嬉しくもありました。

妻には赤い携帯と内村典子という偽名が金山から与えられました。

次の日は土曜日でしたが、その夕方に最初の仕事が入りました。都内の某有名ホテル、東京へ出張に来た地方の議員らしい40代の男性です。ホテルの部屋を終えられ、夜8時の待ち合わせです。妻が出かけたあと、私はテレビを見ながら酒を飲みましたが、バラエティー番組を見ても笑えず、酒に酔うこともできずに、ひたすら妻の帰りを待ちました。深夜の3時に妻はタクシーに乗せられ帰ってきました。お帰り、としか言えずに黙っていると、

「心配した?」

と、結構明るい表情で言います。

「そりゃ・・・」

「わたし、けっこう楽しかったよ」

「・・ほんとに・・・」

真顔で聞いたので、妻は

「冗談よォ」

愛しているわ、と言って妻からキスをしてきます。冷蔵庫のビールを飲みながら話を聞くと、男性は九州からの出張中とのことでした。ホテルでのHのあと、ホテルの近くの鮨屋で食事をして、またホテルに帰ってHをしたとのことです。セックスはゴムを付けたオーソドックスなものだったようです。私は新しい大学ノートを買ってきていましたので、妻の話すお客の情報を書き綴りました。少しでも妻の仕事を手伝いたかったのと、妻の「お仕事」の記録を残しておきたかったからです。

次の日は昼過ぎに都内の企業重役と指定のホテルで接客、夜は中堅企業社長との夜のお相手でした。驚くことに報酬は一回10万~20万になりました。世の中には有るところには有るものです。また、お客にしても、それだけ払うのだから秘密と性病の心配はしなくてよいという暗黙の保証を期待しているのでした。実際にもその通りで、妻は婦人科に毎月かかって性病の検査をして、その結果を病院の先生に手帳に記載してもらい、いつもハンドバッグに入れて持っていました。

それから日に1~2件のリクエストがあり、生理の日以外は休みなく仕事か来ました。日に日に妻は美しく、艶っぽく、Hで逞しい女になってゆきました。私とのセックスの時も、27歳の妻は獣のように激しく乱れて汗を流し、一回に出る愛液の量も増えました。大学ノートが半分ほど埋まったある夜、妻は暗い顔で帰ってきました。今日のお客は詐欺で大金を稼いでいるらしく、ドンペリを飲まされたあと、バイブレーターでのプレイや潮吹きをさせられ、最後は生で中だしをされたのでした。帰りに50万を渡されましたが、それは昼間に誰かから騙し取った500万の一部のようでした。金山には斡旋料と借金の返済の1日10万円を払いますので、残りが妻の取り分でしたから、今回は良い金にはなったのですが、後味の悪い思いでした。私は妻に、今度呼ばれたらシャワーを浴びている隙に名前を免許証などで確認して、警察に密告してやろうと言いました。中だしされたことについては、こんな時のために買っておいたクスコで妻のマンコを拡げ、急須に入れたぬるま湯で中を洗ってやりました。子宮の入り口まで白い水糊のような精液がべっとりとくっ付いているのをきれいに洗い流し、後でたっぷりと私が中だしをしておきました。ピルをのんでいるので、妊娠の心配は少なかったのですが。


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2014年2月13日 | エロ体験談カテゴリー:人妻との体験談

【浮気・不倫】た・ね・う・ま【体験談】

むか〜し昔のことじゃった…

あまりに昔すぎて、覚えてないことや記憶違いもたくさんあると思う。





俺の出身地は古い街だが、かなりの田舎。

親父はちょっとした土地持ちで、祖父から引き継いだ会社を経営してた。

いわゆる「田舎の名士」の端くれだったんだろう。



田舎の秀才だった俺は、東京にある某「ものすごく有名な大学」に進学したんだが、

合格発表の翌日には「△△家の息子が×大に現役合格した」と集落中が知ってる。

それくらい地縁・血縁の濃い土地柄だった。



地元一帯は某保守政党の金城湯池で、両親とも某2世議員の熱心な支持者。

祖父と先代議員の時代からの付き合いで、後援会じゃそこそこ偉かったらしい。

俺も子供時代、何度か選挙集会に連れて行かれた。今じゃ黒歴史だけどな。


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2014年1月31日 | エロ体験談カテゴリー:浮気・不倫の体験談

【学校】お習字の先生【体験談】

純和風の建物に、「お習字教室」の看板。

「さあ、時間になっちゃったから、今日はここでおしまいね。」

数人の生徒達の前で、終わりを告げるのは、40に近い、和服の女性、髪を上げ、眼鏡をした姿は習字の先生に相応しい上品さを漂わせていた。

みなが片付けをしている時、「ケンちゃんは、またお部屋の掃除をお願いね。」

隅に座る12〜3位の男の子を見つめ、先生が言うと、男の子は少し間を空けて、コクリと頷いた。

先生の目は、男の子の返事を確認すると、目を細めて微笑んだ。

先生と男の子だけになり、静かになると、「ケンちゃん、もう立っても大丈夫よ。」

「う・・うん。」

男の子は恥ずかしそうに立ち上がると、先生は、膨らんでいる男の子の股間を見て、淫らな笑みを浮かべた。

「先生うれしいわ〜、恥ずかしがらないでいいのよ〜、いらっしゃい。」

先生は男の子を呼び、座らせると、その前で襟を広げ、乳房を出して横になった。

「吸って。」

男の子はおもむろに先生の乳首に吸い付くと、

「チュッ!チュッ!」

と音を立て始めた。


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2014年1月23日 | エロ体験談カテゴリー:学校での体験談

【友達】後家の母【体験談】

父親も、私も、鉄道員でした。当時、定年は55歳、3年間の嘱託を終えた、

父は、58歳で、急死。私は30歳独身でした。母は53歳で、田舎では、

後家さんと呼ばれ、注目されています。村の初会合には、1家に1人、酒席

に、出なければなりません。母も嫌々同席しました。案の定お酒を勧められ

エロ談義の的です。私は察して、母を迎えに会場へ、酔いつぶれかけの

母を連れ帰りました。ある程度しっかりしていた母も、お家に帰ると、

ダウンです。当時和服の母は、下着はお腰。仰向きに立て膝、オマンが

丸出しで、寝息をたて始め脚はひらきエロい。陰唇は薄ピンク陰毛は薄くて

グロテスクは感じません。

悪戯気が湧き、クリと膣を優しく愛撫。かすかに「いゃんオトウサン」・・・・・

愛液が滲み出しいやらしい音・・・・・調子に乗って強く掻き回してみましたら、

「うっふん・・・・」腰を遣いはじめ「ああ~ん」私の男根が反り返りピクンピクン

ズボンをずらして、母の股間に割り込んで、一気に挿しますと母は

「おとうさん」とあまえて抱きつきましたが、すでに私は辛抱出来ずに射精

母の膣深くに中出しです。


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2014年1月13日 | エロ体験談カテゴリー:友達との体験談

【友達】芸者・奈津子【体験談】

ワシは若い時から芸者遊びを覚えてしまった。お客に料亭に連れて行かれたのが事の始まりだった。

そこで西川流の踊り手の奈津子と出会った。中々の日本的な美人でワシの好みにピッタリの女だ。

料亭には若いお客が少ないとみえ、若いワシは結構モテた。奈津子とデキたのは三ヶ月後の事だった。食事に誘い、何回か回数を重ねる内に奈津子は結構お酒を飲んでいた。

ほろ酔い加減の奈津子と芝公園を腕を組んで歩いた。しがみつくように身を寄せて歩く奈津子。

樹木の陰でワシは奈津子を抱き寄せてキスを繰り返した。奈津子に抵抗は無かった。暗闇の中で暫く抱き合ったままだった。

酔いが回ってる和服姿の奈津子。ネッキングした。

「ここじゃイヤ。場所変えてッ」奈津子が囁いた。大門の近くにある小さな旅館に入った。折り重なるように布団の上に重なったワシと奈津子。

奈津子の和服の襟元を開いてネッキングの連発。次第に和服の裾が乱れ、奈津子の白い美脚が艶めかしく見える。

ワシは思いっきり裾を開いて奈津子の太腿に手を入れた。

奈津子のふくよかな太腿がワシの性欲をそそり立たせた。取りあえず肉体的な結合だけしておこう。とワシは和服の裾を押し上げてパンテイーを摺り下した。

少なめの毛の中に奈津子のピンク色のオマンコが見える。

口をあてて舐めった。

「アアア嗚呼ッーーーーー感じるわッーーーー」奈津子は股を大きく開いた。

若いワシはいきり立った肉棒を遠慮なしに挿入させた。

「ウウウウッーーーーーー」ワシの肉棒を入れ込んで奈津子は呻いた。


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2014年1月12日 | エロ体験談カテゴリー:友達との体験談

【友達】銀座のホステスとの熱愛。【体験談】

僕は銀座のクラブ「S」の恵子と熱愛関係なんです。私34歳、恵子が年上の38歳なんです。恵子はお店でもナンバーワン、いつも素敵な和服姿が良く似合うスラリとした容姿端麗の美人なんです。恵子目当てに通うお客も多いんです。私もその一人でした。ある日、恵子が隣でお酌してくれて、何気なしに映画にでも行こうか。その週の金曜日に新宿ピカデリーに映画に行ったんです。そしてその後お店に同伴したんです。その時はそれで終わったんです。次の週の金曜日、お店が終わってから六本木の瀬里奈へ深夜の食事。シャブシャブを食べお酒が入ったんです。少し酔いが回った恵子。外で僕の腕に掴まり身を寄せてくるんです。和服姿の綺麗な恵子。僕は恵子の手を取って自然体に裏通りに導き強引に唇を奪ったんです。恵子に抵抗は無く、しっかりと抱き合って抱擁を繰り返しながら唇を重ね合ったんです。近くにラブホテルがあった。手を取り合いながら入ったんです。「少し休もう」恵子は僕の目を見つめていた。部屋に入って激しいキスの応酬。和服の袖の下から両手を入れて恵子の乳房を揉んだんです。そしてそのままベットに和服のまま押し倒したんです。和服の裾が割れて恵子の艶めかしい美脚が見え、僕を激情させたんです。裾の割れ目から手を差し込みパンテイーを摩ったんです。もう濡れてるんです。思いっきり帯から和服を剥ぎ、パンテイーを下したんです。女特有の体の匂いなんです。思いっきり美脚を開いて口を当てたら悶えるんです。僕は若いからもう我慢できない。恵子の和服の裾を捲りあげたまま一気に挿入したんです。「アアア嗚呼嗚呼ッーーーー」恵子の喘ぎ声の甲高い事。和服姿で結合した艶めかしさも手伝って恵子の豊かな腰回りを抱え込みながら中出ししたんです。終わってから恵子は和服を解き、お風呂に入ったんです。出てから「もう一回しようよ」っておねだりなんです。再度今度はお互いに全裸で絡み合ったんです。恵子って結構激しいんです。「前彼と別れてから、しばらくセックスが無かったわ。」と言いながら僕を咥えこんでくるんです。その日から僕と恵子は彼氏と彼女になって毎日の如く食事同伴するようになったんです。他のお客から食事に誘われても断る恵子。次第に指名が少なくなったんです。今年の正月は恵子とハワイに行って来たんです。ベランダを全開にしてワイキキの風を部屋に入れての毎夜の絡み合いをしたんです。恵子はハワイに居る間、ムームーを着て、ノーパン、ノーブラで通したんです。そんな恵子を深夜のワイキキの木陰で、ムームーを上げて挿入したんです。今恵子はお客が少なくなったけど、僕との日々のセックスに満足を感じながら銀座の夜で頑張ってるんです。それでも和服美人の恵子を目指して来るお客がまだ多いんです。

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2014年1月6日 | エロ体験談カテゴリー:友達との体験談

【人妻】「痴行媾悦①‥郡上Ⅱ」【体験談】

 (Ⅰより 承前)〝見られた!〟と視線を上げると 彼と視線が合い、思わず二人で 〝ニヤリ〟と笑い合いました。

もう後はお互いに隠す気も無くなり こちらは彼の逸物に若干気が引けましたが、ピンピンのまま脱衣場へ出て テントを張るブリーフはペニスを上へ逃がして穿き、浴衣を引っ掛けて 一緒に部屋まで戻ります。廊下で彼と別れ部屋に入ると 私は直ぐ戸に錠を掛けます。踊りの会場へは ホテルのバスが出ますが、それまで 1時間近くあるので、勃起したペニスの始末を 女房にお願いしようと云う訳です。女房は既に湯上りの化粧を済まし 外出の浴衣に着換え済みです。これはもう お願いだけです。

 「ねえ… 今風呂でさぁ…」「?…」‥ 「ホラ… お隣の新婚さんのダンナと一緒だったんだ」「フーン…」。「彼… もうピンピンに勃っててさぁ…、それ見たら オレも勃っちゃったんだ」「あらイヤだ… あなた男を見てもそうなるの?…」‥ 「ねぇ… 何とかして…」「だって… もう着換えちゃったから…」。私は女房が昔風に 和服のときは下には何も穿か無いのを知っていますから、「ねぇ… たまには立ったままヤッてみない?」「ほら… 体位集にあったッ〝後ろ櫓〟とか〝立ちかなえ〟ってヤツさ…」‥ 「それ… どうやるの?‥」「ウン… そのまま着物を捲くってお尻を出して呉れればいいんだ…」‥。

 女房はどうやら 例の〝旅先での 変わったことを…〟の気になったらしく、「何だか… 恥ずかしいワ…」と云いながら 着込んだ浴衣の両裾を高く捲くり、その先を帯に挟み込んで 私の口に唇を寄せて来ます。白い尻を出し 前の陰毛を黒く見せて私に抱き付き、舌を絡める女房の姿は 堪らなく猥褻です。私はキスをしたまま 自分の浴衣の帯を解き浴衣を脱ぎ捨てます。部屋は冷房が利いているので 局部だけの繋がりなら汗も掻かないだろうと、「それじゃぁ… 後ろ向きに床柱に掴まって…」と 肩を床柱を当てて少し尻を突き出させ、両手でそれに掴まって 少し膝を弛めて尻を出して貰います。

 屈んで股座を覗くと 周りにポヤポヤと薄く陰毛の生えた大陰唇が見え、指を触れると 潤い始めてはいますがまだ充分とは云えません。時間も無いので取り敢えず グランス(亀頭)にタップリ唾を塗り、小陰唇のビラビラを指で開いて 先端をヴァギナに宛行います。「イイィ?…」「ウン…」で両手で腰を抑え 掬い上げるように腰を使うとペニスはスムースにヴァギナに収まります。もう後は 言葉は要りません。静かに抽送を始め ときどき回しを掛けます。グランスが 子宮孔の唇みたいな処の周りをグリグリと揉むので、女房も大分ヨクなって来たらしく 「アゥゥッ…」と首を上げて声を立てます。

 私も そろそろイキそうですが、意地が汚いので ついでに対面立位の〝立かなえ〟で、キスをし舌を絡めてイキたくなります。体位を変えるには 一度抜かなければなりませんが、慌てたので ティッシュがありません。「チョッと待って ティッシュを取るから…」と抽送を止め 女房の腰を抱えてカバンまで移動し、ティッシュを取って 二人の接合部に当て、扱くように拭いて 組み直します。今度は私が床柱に寄りかかり 女房の右腿を左脇に抱え込み、腰を突き出し気味にペニスを挿し込みます。これなら右手で女房を抱き 舌を絡めて腰が使えます。後は二人でイキを合わせ 一気に盛上げて果てました。

 流石に立位は イッタ後がいきなりグッタリでき無いのが辛い処です。しかし今は 時間も迫っているので、取り敢えず部屋の風呂場で 先に女房にシャワーで陰部を洗わせ、私はもう一度 全身のシャワーで膣汁と精液を流して浴衣を着込み、やっと 8時の踊り行きのバスに間に合いました。そのバスにお隣の新婚さんが 間に合わなかったのは、恐らくあの後 本番が延長戦になったのでしょう。彼の色の白い身体が あの可愛い奥さんの上で腰を使っていると思うと、また ペニスの付け根がボワンと弛んで来ます。妄想を振り払い ガイドの踊りの案内を聞き、帰途のバスの手配りを聞く内に 会場です。

 郡上踊りは 7月の中旬から9月上旬の間中、市内の各地域の道路や会場を回り持ちで 夜8時から11時近くまで踊り続けます。その内の幾晩かは 徹夜で踊り抜きます。踊りは 流し風の「踊り始め」「踊り納」を含めて10曲ほどあり、人気があるのは派手で踊った気がする「春駒」や 大きくしっとり踊る「かわさき」で、そのほか唄を聞かせる「群上甚句」や 派手な振りの「三百踊り」・速間の「げんげんばらばら」などがあります。私は見るばかりですが 若いとき日本舞踊を遣っていた女房は、外側で少し眺めて 手振の真似などいていたかと思ったら、直ぐ踊りの流れに這入って踊り出しました。(Ⅲへ 続く)(「茫々録・鶏肋抄」より)

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2013年11月20日 | エロ体験談カテゴリー:人妻との体験談

【人妻】「単棹独穴①‥申込ⅠⅡ」【体験談】

【まえがき】

これは昭和の中頃の‥ 初心で耳年増な二十代後半の男女が触れ合い、結婚して初めて‥ 童貞の一本のマラを処女のオメコに嵌め込み、お互いに‥長じてからは 親にも見せ無かった処を見せ合い擦り合って、タドタドしく 性生活を始めるまでの話です。

今の‥会って半日もすれば 嵌めて腰を遣っている若い世代には、ここに書くような 結婚でやっとオメコをヤレル時代なんて、考えられ無いでしょうが、敗戦後の昭和の中頃には、これが世間で一番ありふれた 気の弱い男女の結び付き方だったのです。

そう‥日本が戦争に負けた頃には 30歳前後の童貞や処女はザラにいました。お金と度胸のある男は 割りに早く赤線・青線でオメコを経験しましたが、それもやがて 廃止されます。そんな環境では 密かに浮世絵・ワイ本やワイ写真を見るのが精々でした。

当事者は二人とも 大年増ですから、結構ムラムラしていましたが でも何せ‥お互いに初めての性交‥媾合です。初めてペニスをヴァギナに‥ ワイ本の言葉通りに云えば、マラをオメコに挿れ嵌め込んだら、これも初めて腰を遣うのだから 大変です。

腰を遣うって云っても 今のように映画や動画で見ることもありません。またオメコをヤッタことが無いのですから、嵌めた状態でキスが出来るかも判りません。大体‥キスそのものが 申し込みの時に初めて体験したのですから、まだ舌の絡め方も 稚拙でした。

さぁ‥これから プロポーズから新婚旅行までを、六回に分けてレポートします。本人達は結構 マラもオメコも濡れていたのですが、始めの一〜二回はヤル場面は出て来ません。その辺は 当時の私達のモドカシサをご一緒に感じていただければ幸いです。◇

『同穴 : 申込Ⅰ』

 これは 女房にプロポーズするまでの経緯です。

 女房の兄とは 大学で同じクラスです。席順がアルファベット順だったことで 席が近くになり、私は「彼の 水際立ったハンサム振り」に 初対面のときから胸が疼きます。私がまだ視覚的バイセクシャルの頃で 恐る々々話し掛け、彼も好意を感じてか すぐ仲良くなれました。それでも 彼が他の友人と談笑していると、いつも理由の無い嫉妬心がこみ上げて 我慢が出来ず、席を外すことも 度々です。そんなある日 まだ世間にモノが無い昭和24年(1949年)頃のことで、闇ルートで手に入ったタバコを 私は吸わないので彼に遣ろうと彼の家を訪れます。そのとき彼は不在で 挨拶に出てきたのが娘時代の女房で、これが 運命の初対面です。そのときの姿は その場ではそう意識しなかったのですが、前髪を眉の上まで垂らし 他の髪を後ろに束ねた可愛い娘でした。

 その引き締まった 和服姿で細い指を衝いて挨拶した姿は、その後一生 私の脳裏に刻み込まれ、私の女房への 性衝動のベースになります。これはズット後に 婚約し結婚してからのことですが、女房を抱けば 「アァ あのときの女の子が…、今 オレの胸に…」と思うし、私のペニスを握らせれば 「あの何にも知らない娘に こんなモノを握らせて…」と思い、身体で繋がりペニスをヴァギナに挿入して 「ピクンピクン… キュッキュッ」と無言で反応し合っていると、あの無垢な娘を 「オレが こんなことを出来るようにしちゃったんだ!」と、そのつど腰の奥がズキンズキンし ペニスの付け根がキュンキュンして、簡単に昇り詰め 一気にイキそうになるのです。‥それは後の話。

 二度目に女房に会ったのは その兄…同級の彼に呼ばれて遊びに行ったときです。話している内に 彼女が紅茶を持って来て呉れます。彼が先に紅茶を一口飲んで 「オイ これ黴クサイぞ!」と云い 彼女は慌てて紅茶を淹れ換えて来ます。後で聞いてみたら 当時私が突っ張って赤い靴下を履いていたので、「このヤロウ 生意気だから湿気った紅茶飲ましてヤルゥ!」と 思ったのだそうです。良く考えれば それは彼女が「そのとき 充分に 私を意識した!」と 云うことだったのでしょう。その後私は 彼へのアポ無しで彼の家を訪ねるようになります。彼が居ないとホッとし 誘われるままに上がり込んで、駄弁って 帰るだけです。

 手一つ 握る訳でありませんでしたが、そんなときの話で 父親が亡くなった後 母親が働きに出て、家事は一切 彼女が遣っていることも知りました。これは後で聞いた話でしすが 父親の収集した春画などを盗み見ていた彼女は、「この人(私)にも アンナ画の様なモノ(ペニス)が着いているのかなぁ…」なんて思って居たそうです。「お互いに オクレていたなぁ…」と 思います。それともあるいは耳年増ですから もう彼女も自分一人で楽しむ位のことはヤッテいたかも知れません。そうであれば そのときに私を思い浮かべてシタかどうか、結婚してから夜のアノの最中に 痴話がてらに聞き出そうとしましたが、とうとう「イヤーン…」の一点張りで 遂に告白しませんでした。

 大学を卒業するとお互いに就職して 彼とも会うことが少なくなります。他に兄弟も居て その面倒を見ていて彼女はソロソロ婚期には遅くなり掛けてきています。私はもうその頃には「結婚するなら 彼女と…」と思い始めていましたが 不思議なことにソコには「あの女(ひと)と ヤリタイ!」と云う肉欲的なものはありません。「居るンなら あの女と一緒に居たい!」‥ と云う思いだけです。ただ云い出して断られたらと考えると 親友との仲も気不味くなるし…、なかなか云い出せずに イッソ彼に中に這入って貰い、意向を聞いて貰おうかと思っていた頃 彼の家の夕食に招かれました。夕食は確かスキ焼きで 他の兄弟も一緒です。一人っ子の私には 珍しくもあり楽しいひと時でした。

 食事が終わり みんなで雑談をしていたとき、ふと彼女が軽く 「昨日の晩 アナタ(私)が遊びに来た夢を見たワ…」と洩らしました。それを聞いて私は「それはまぁ… 夜分に突然お伺いしまして…」と冗談を云いながら 嬉しくなりました。「ヨシこれなら大丈夫だ… 改めて彼女一人のときに、直接にプロポーズしよう!」と 思いを決めました。「夢に出てくるほど 潜在意識に這入っているなら、多分私のプロポーズを 受けて呉れるだろう」と 思ったのです。帰りに当時の都電の駅まで 友達の兄貴と一緒に彼女も送ってきて呉れます。「これならもう 十中八九間違い無い!」と自信を深めました。婚約後にソノコトを 女房に話したら、女房は「損しちゃった!」と云います。(ナニが損なの…? どう云うワケで…?)女房はキット 自分から本音を洩らしのがクヤシイ…、とでも 云うようなことだったのでしょう。(Ⅱへ 続く)


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2013年11月18日 | エロ体験談カテゴリー:人妻との体験談

【友達】露出癖 6【体験談】

まず駅前に出ることにした。

バスで行く。

レスカレーターを上る彼女達のマンコが丸見えだ。

デパートの三階洋服売り場へ行った。

あれこれ試着し幾つか見て行く。

そのあとコーヒーショップへ。

どうやら彼が居ないのを気にしてミチに相談したようだ。

「みんな可愛いから彼はきっと見つかるよ!」

と励ましておいた。

夜。

ミチが部屋に来た。

「ちょっと眠れないの・・。」

ムラムラしているようだ。

外へ連れ出し渓流沿いまで行く。

ベンチに座らせマンコを舐めてやる。


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2013年10月19日 | エロ体験談カテゴリー:友達との体験談
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